“○○○敗北”とならぬために
2003年4月14日に,ヒトゲノムの解読が完了し,大きなニュースになった。
冒頭の書は,この巨大プロジェクトにおいて,アメリカの59%,イギリスの31%に次いで,日本がたった6%しか貢献できなかったことを大変な敗北であるとして,その事情について詳細な分析を加えたものである。技術力はあったし,国際貢献という意味でも少なくとも25%は貢献できたのではないかとされながら,結局は特異な日本的システムのせいで“無い袖は振れない”という事情での屈辱であったとしている。新潟県も将来に禍根を残さないために,つまり数十年後に“○○○敗北”という事態に陥らないために,今何をなすべきかを広く叡智を集めて動き出さなければならないだろうし,新しい新潟県立大学も,そのために機能する必要がある。
文部科学省や,多くが独立行政法人化する中で数少ない国立の研究機関である,
が呈示している科学技術の将来ビジョンや指針を参考するのもいいだろうし,新潟県独自のものを模索するのもいいだろう。
例えば『安全』に関して言えば,BSEや鳥インフルエンザが問題になった際に,帯広畜産大学や鳥取大学の研究者がマスコミに登場するなどして重要な役割を果たしてくれたが(最近国内外で問題になっている論文捏造とは大きな違いだ),他所でやっていないことを地道に研究しておくことも大学という場には求められている。どのような分野を先見性を持って選ぶかは一種の賭けのような部分もあるが,生物という存在自体,これまでにいろいろな戦略を持って変化し続けることで今に至っていることに思いを致すのもいいだろう。また研究者個々人が選ぶ研究テーマだって賭けのようなところがある。ノーベル化学賞の受賞者の何人かがセレンディピティ(serendipity)という語を口にされているのも見逃せない*1。
鳥インフルエンザと鳥取大学ということでは,別ブログの,
で紹介した河岡先生(現在は東京大学医科学研究所)の本を読むと,以前仕事されていた北大でも鳥取大でも,研究室のスタッフ総出で鳥を捕まえたりフンを拾い集めたりという,まさに地道な作業が世界に誇れる研究の根底にあることを改めて教えられた。研究室のWebページもとてもよくできている。
- 東京大学医科学研究所 ウイルス感染分野
- 参考(最近の研究成果を紹介するニュースから):インフルエンザウイルスの仕組み解明 東大のグループ(朝日,2006/01/26)
ついでにインフルエンザ関連でもう1つ。先日公開された,
には,1603個の計算構造データが掲載されていて誰でも自由にダウンロードして利用できる。そのデータの一部を利用して,タンパク質の構造をブラウザ上で動かしてみることのできる教材コンテンツを作成したのでよろしければご参照のほどを。データ転載については理研の担当者とメールをやり取りしてアドバイスをいただいている。
- ノイラミニダーゼ立体構造予測データベース(理研)のデータより ※分子参照にはChimeインストールが必要(以下の作成画像例は国内で採取された鳥インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼより)
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※追記(書き忘れ):2006/01/08で名前を出した雑誌「バイオニクス」2006年2月号の以下の2冊の書評記事にはこの“ゲノム敗北”のことが出ていて,その後の科学技術政策の歴史についての興味深い指摘がなされている。
*1:2006/01/27などに書いた茂木健一郎さんの「「脳」整理法」にも再三セレンディピティが登場する